不況はチャンスにもなる

不況にもかかわらず、個人消費が上昇し続けたというケースは数多く存在します。例えばここ数年ワイン市場は拡大しており、 イギリスの広告代理店「イン ターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・レコード」が行った調査によれば、2012年にかけて生産量は2008年比で3・83%、消費量は6%増えると見込まれて います。また、インターネット通信販売の分野での伸びも大きく、野村総合研究所の調査によれば、2008年度の日本のインターネット通信販売売上高は昨秋 の米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した戦後最悪の不況で消費者の購買心理が冷え込んでいたにもかかわらず、前年度比22%増の6 兆2300億円に達しています。

不況は、一般には企業に需要の減少をもたらし、結果として売上げと利益の減少をもたらすとされています。しかし、これは日本に約430万社(※)ある企業の 統計的な平均にすぎません。従って、平均よりも厳しい企業もあれば、業績を伸ばす企業もあるということです。例えば、消費財メーカーだけを見てみると、バ ブル崩壊後の3度の不況とも減収減益の企業が増えるなか、30%ほどの企業は確実に業績を伸ばしています。

このような格差はなぜ生まれるのでしょう。各々の企業で市場規模、成長率、成熟度、競争条件や技術条件の違いがあることは言うまでもありません。しかし、 さまざまなケースを分析してみると、むしろ、不況下に選択した企業の行動の違いが業績の格差をもたらしているといえます。

不況期におこる市場の変化にうまく対応し、ライバル社よりも限られた資源を効果的に集中できた企業が大成功し、できなかった企業は脱落することになりま す。不況はピンチであると同時に、ライバル社を引き離す絶好のチャンスでもあるのです。

※経済産業省中産企業庁の調査による

低コストでマーケットシェアを伸ばすには

大恐慌の時代でも、それ以前よりも成長を遂げた企業がありました。そうした企業は、他の企業とどこが異なっていたのでしょうか。

2008年にアメリカで発表された多くの記事によれば、大恐慌を生き抜いただけでなく繁栄した企業は、「不景気などまるで存在していないかのように、一般大 衆が消費できるお金を以前と同じくらい持っているかのようにふるまった会社」なのだといいます。つまり、「他の企業がコスト削減から広告費を減らしたなか で、広告を出し続けた会社」ということです。競合他社の不景気による宣伝費削減で広告が消費者の目に触れなくなっていくなか、以前と変わらぬボリューム の広告を打つわけですから、当然、目立ちます。他の企業が消極的に対応する局面で積極的なマーケティングを展開することで、こうした企業は低いコストで 市場シェアやROIを向上することができたというわけです。

アメリカの広告誌「アドバタイジング・エイジ/AdvertisingAge(2008)」は 「不況は、ノイズが比較的少ない環境でマーケティングできるという絶好の機会を提 供してくれる」と書いています。

つまり、不況時にマーケット・シェアを拡大することは理想的であると言えるのです。

情報と戦略は不況という暗闇を照らす灯り

多くの市場が順調に成長している局面においては、自社が成長するとともに競合他社も成長することができるため、それほど競争に意識を向ける必要はあり ませんでした。しかし不況時で市場の成長が期待できない場合は、競合他社の取り分を奪うかニュービジネスを実行することなしには自社の成長は実現しま せん。こうした市場では、一方が勝者となれば、必ず敗者が生まれるといえます。

そんな時代において、

  • 自社のマーケットシェアがわからない
  • 自社のブランド別の顧客がわからない
  • 市場におけるシェア順位がわからない

といった状況では、競合他社との競争に勝つことは難しいでしょう。 「自分が弱者だか強者だかわからない」「ライバルが誰だかわからない」というのでは、縮小均衡の負のスパイラル、つまり価格競争に巻き込まれてしまうの です。それは不況という暗闇の中を手探りで進んでいるようなものです。

今、取り組むべきは経費節減ではなく暗闇を照らす灯りとなる情報と戦略です。

競合他社のマーケティング予算を知る方法

競合他社に勝つためには、競合のことをよく知らなければなりません。競合のマーケティング予算が社外に公開されることはほとんどありませんが、広告費を 知ることでマーケティング予算を推測することが可能です。もちろん、各企業によりマーケティング予算全体に占める広告費の割合は異なりますが、大まかな がらも推定額を出すことで、自社のマーケティング予算と比較できるようになります。

マーケティング予算の決め方

あらゆる企業は、以下の方法のいずれかでマーケティング予算を組んでいます。

■優先順位により決定

まず、より重要と考えられる技術開発や工場、機械類への投資予算を決め、残りをマーケティング予算とする方法です。この方法だと、不況時にマーケティン グ予算が削減される可能性が高くなります。

■売上等により決定

昨年の売上実績等と比較し、各部門の予算を決める方法ですが、「売上減少=マーケティング予算減少」となってしまいます。結果、不況時にはマーケティン グ予算が優先的に削減されることになります。

■課題、実績により決定

まずブランドの利益目標を定め、それに応じて予算を決めていきます。または過去のマーケティング・キャンペーンが売上、利益などにどの程度貢献したかを 評価した上で予算を決めていきます。企業収益に対するマーケティング貢献度に則した唯一の方法と言えます。

攻撃は最大の防御である

競合他社を市場から締め出すには、競合他社が今どういう状態にあるのかを知る必要があります。また、そのブランドが脱落したら、自社がどの程度のシェ アを獲得できるかを知ことも重要でしょう。

まずは競合が行っている広告動向を探ってみることをおすすめします。アメリカで行なわれた調査によれば、広告活動を中止すると、約6ヶ月後にはブランドと 消費者との結び付きは極端に弱くなるという結果がでています。

「選択と集中」で市場地図を塗り替える

伸びる企業は、大不況時にぐっとシェアを伸ばす傾向があります。不況期には消費者行動が変わります。つまり消費者がブランドや商品をもう一度選択し直 す時間を持つのです。一方、不況期には売上が上がりにくいので、企業のマーケティングコストが削減されます。かけるお金が小さくなると効果が出にくいの で、どこかに集中する必要が出てきます。顧客の変化、競争相手のパワーシフト、自社のパワーシフトの3つが同時に起こることで、シェア変動が確実に起こ るという状況になります。そこに正しく対応できた企業が市場地図を一気に塗り替えることができるのです。

不況時にマーケティング費を増やすことは体力のいることですが、増やすことができればシェアは拡大します。逆に景気拡大期に広告費を増やしても、競合 他社も同様に広告費を増やすので、シェアを伸ばすことはなかなかできません。

最も重要なのは「選択と集中」を、戦略レベルでいかに徹底できるかです。それにはまず、顧客、商品、販売先(流通)の3つを出来うる限り絞り込むことが基 本となります。そして、絞り込むことによってできた余力を、将来の成長領域へつぎ込むのです。

ここが勝負なのです。競合他社を追い落とし、自社が成長するための分岐点といってもいいでしょう。ここでいかに有望市場を見極めて、そこに、または何に 経営資源を集中できるか。逆に、不況時に何もしなければ、戦略的に動いたライバル社によってシェアは確実に奪われると考えてください。

不況時にマーケティング費を増やした企業は、不況後の業績回復のスピードが他企業より約3倍も速く、さらなる大きな成長が期待できます。逆に、不況時に マーケティング費を削減した企業は、不況前の水準のシェアを取り戻すのに長い時間がかかっています。

(1)広告費を維持したケース、(2)広告費を1年間50パーセント削減し、その後通常の割合に戻したケース、(3)広告費を1年間100パーセント削減し、その後通常 の割合に戻したケースの3つのシナリオを比較検証したものです。(2)の企業はマーケット・シェア回復に2年かかり、(3)の企業は回復に4年かかることがわかり ます。 また、広告費削減によって失ったマーケット・シェアを、不況脱却後1年以内に取り戻すのにかかるコストは、削減した予算よりも60パーセント程度多くなること がわかっています。

コミュニケーションで「見込み客」を「リピート客」に

多くの製品がコモディティ化し、顧客にとっての選択肢が氾濫している現代では、ニーズに適した製品を生産し販売する仕組みづくりだけでは競争優位を実現 できません。もう一歩進み、顧客にとっての明確な価値を生み出し、その価値を顧客に伝達し、説得する必要があります。

つまり、マーケティングとは、「顧客価値を創造し、伝達し、説得するプロセス」と言い換えることができます。顧客価値の説得とは、価値を消費者に理解しても らうことであり、そこには企業と顧客との間にコミュニケーションがあることが前提となります。

出発点は「見込み客」を「初めての顧客」にすることです。見込み客の一部は実際に製品を購入することにより「初めての顧客」となります。続いて、「初めての 顧客」が実際の製品の購入やサービスの授受によって満足を得たならば、再び同一企業からの購入を希望するようになります。つまり、「リピート客」へと変 化していくのです。「見込み客」を「リピート客」にするために、企業はもっとも良いと思われるタイミングで顧客に働きかけ、顧客との接点を保ちます。

こうした、顧客と良好な関係を築くことで長期間に渡って取引を継続しようというマーケティング手法を、リレーションシップ・マーケティングと呼びます。

今日のマーケティングでは、新規顧客を獲得することはもちろんですが、顧客の離反率を引き下げることがより重視されるようになっています。新規顧客を獲 得するためのコストは、既存顧客を維持するためのコストに比べてはるかに多いからです。

段階に応じてマーケティング費用を配分する

「見込み客」を「リピート客」にする段階で、企業は様々な手法を駆使することができます。

そのためにはまず、消費者の購買行動分析を徹底的に行い、ブランドの役割や既存顧客の関係性なども考慮に入れて、 自社ブランドが「認知」されてから「購入」にいたるまでのプロセスを考えてみます。こうして整理することで、各段階にもっとも有効的なマーケティング費用の再配分を考えることが可能となります。

認知を形成する段階に関しては、ターゲット顧客を絞り込まないのであればテレビなどのマス広告でいいでしょう。しかし、ターゲット顧客層を絞り込んで、差 別化された商品をアピールしたいのであれば、マス広告では費用対効果の面で問題がある場合もでてきます。その場合は、ターゲットを絞り込んだ媒体を活 用したり、自社ウェブ上で展開するエンターテインメント性の高いコンテンツで話題を集めたり、クチコミを創発するようなイベントを企画したりという手段を検討 することが必要となります。

続いて、イン・マーケットの顧客層を「考慮」に入るための段階になります。関連性の高いウェブページへの広告出稿による自社サイトへの誘導、自社サイト上 での有効な情報提供などが重要となります。

次に「選考」に入り、購買意図を持ってもらう段階になります。ここではターゲット顧客層にとってより身近に感じられる手法を検討します。例えば該当する顧客 が興味を持ちそうなイベントを企画し、そのイベント来場者に販促キャンペーンを行うという手法なども検討に値します。

最後に、既存顧客をリピート顧客として固定化するための段階があります。顧客向けのポイント割引制度や特別クーポン、招待イベントなど、ビロー・ザ・ライ ン(マス媒体以外への広告。日本では従来「販促」と呼ばれることが多い)の施策に加えて、電話やメール、FAXなどのダイレクト・チャネルを利用したり、CRM などを活用することが有効になります。

ステークホルダーを満足させるマーケティング

マーケティングによってブランドを確立し、商品やサービスに付加価値を付けることは、以前は顧客との関係性の中でのみとらえられる傾向がありました。しかし現在では、顧客、従業員、株主の三者に対して価値あるものだと考えられています。

■顧客価値 企業が顧客に対して提供する価値

自社のブランドの顧客価値を高めることは、自社商品の価格や収益を維持・向上させることにつながります。

■従業員価値 企業が従業員に対して提供する価値

ブランド価値を高めることで、従業員に夢と誇りを持たせることができます。結果として不況時においても良質な人材を低コストで獲得し、従業員に最大限のパフォーマンスを追求することができます。

■株主価値 企業が株主に対して提供する価値

ブランドの確立がマーケット・シェアの拡大につながることは、株主に景気回復時における予想収益への期待を高めさせます。

マーケティングへ投資する際の再確認

不況下においては、マーケティング・グループは以下の項目を今一度再確認する必要があります。

優れたマーケティングを展開するためには、マーケティング・ミックスを実行する前に明確にしておくべき事項があります。一般にSTPと呼ばれる、セグメンテー ション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning)です。今日のビジネスでは、ある市場の全体を狙うことはまれで、むしろ、市 場をいくつかのセグメントで分けて、自社が有利に戦えそうな特定事項を選び出し、そのターゲットに対して、明確なブランド・ポジションを選択します。 製品、価格、流通、プロモーションに関する意思決定は、STPの後に続くというのが理想です。

■セグメンテーション(Segmentation)

市場ニーズが多様化をとらえるためには、市場を細分化する必要があります。これをセグメンテーションと言います。細分化するための軸(特徴)は無限にあ りますが、それぞれを集約していくと「地理学的要素」「人口統計的要素」「行動学的要素」「心理学的要素」の4つのグループに分かれます。

■ターゲティング(Targeting)

市場細分化が進められたら、次に標的市場が設定されなければなりません。標的市場の設定を、ターゲティングと言います。これは細分化された市場を評価 して、どのセグメントをターゲットにするかについての意思決定です。

■ポジショニング(Positioning)

ポジショニングとは、見込み客のマインドの中にブランドをどのように位置づけたらよいのか、というマーケティング上の重要課題にあたります。競合と比べて 強いか弱いか、既存品と比べて改良されたか否かなど、何らかの比較対象が存在した上で、それらと比べた相対的な概念となります。

どうしてもマーケティング予算を削減しなければいけない場合は

会社存続のためにマーケティング予算を削減しなければならない場合、以下の方法が最も安全な削減の方法と言えます。

■小さなブランドの予算を削減する

...成長過程である小さなブランドは、ブランド力を維持する以上の多額のマーケティング費を掛けている場合があります。

■季節性を考慮した売上オフピーク時における予算を削減する

...売上の損失が小さくて済みます。

■予算をかける製品ラインを絞り込む

...停滞しているブランドの予算を縮小します。